中国出身の留学生への監視の問題
井出慶太郎
アムネスティ・インターナショナル日本
今日はここ、東京大学におりますので、大学における中国の人権問題について話をさせていただきたいと思います。今回のテーマであるチベットや東トルキスタン、モンゴルでの問題とは少し離れますが、実は今、中国国内だけではなく、日本を含めた西側諸国において大学における中国当局の監視、圧力が問題になっています。
例えばある国で中国人の留学生が天安門事件の追悼イベントに参加したところ、中国にいる父親が、治安当局から警告をうけました。この同じ留学生は1年後に中国政府に対する抗議集会に参加したところ、今度は数時間以内に父親のところに連絡がきたそうです。
また別のケースでは、アメリカへ留学している中国人留学生が天安門事件のオンライン追悼集会に参加していたところ、いきなり両親から政治活動に参加しないようにとの連絡が来たということがありました。お分かりの通り、オンライン追悼集会に参加したことなど、中国にいる両親が知るすべがありません。このケースでは、この両親が当局から圧力があったということを、口止めされていると思われます。
中国に都合の悪い話題や意見を述べることは、体制寄りの人たちの反感を引き起こす危険があるとの認識が中国人留学生の間で広がっています。たとえ嫌がらせをうけたような経験がなくても、中国人コミュニティの中でこのようなうわさが広がっていると、それだけで自由に話すことが出来なくなってしまいます。
ただし、どこに中国当局のいわゆるスパイや情報提供者がいるのか、確たる証拠を見つけるのは容易ではありません。そのような中で、実際に中国の関与が公になったケースもあります。これはボストンで香港民主化のデモが行われた際に、カウンターデモに参加した人物が中国政府の代理人として活動した罪でアメリカ当局に起訴されました。起訴状では被告が参加者の情報、名前、写真、動画をニューヨークの中国総領事館に送ったことが明らかにされました。ちなみに、このカウンターデモの話ですが、中国人の客員教授と体制派の留学生が組織していたとのことです。
また日本に留学中にSNSに投稿した内容が扇動的だということで、帰国後に投獄された香港の学生もいます。海外にいてもオンライン検閲の手から逃れられません。こうした恐怖心を植え付けて、中国人留学生の多くがSNSに投稿する前に自己検閲をするようになっています。
こういったことが起こる中で、実際に学問の自由への侵害が顕在化しています。例えば授業中に自分の意見を言うと、中国当局に報告されてしまうのではないかという恐怖や、中国政府寄りの学生と衝突してしまうのではないかとの懸念から、口を閉ざしてしまいがちになります。大学院などでは中国政府が派遣している政府関係者の留学生もいます。こういった事情を理解せずに、留学生に発言するように促す教授もいます。またレポートや論文なども外にもれないか心配し、論文のテーマにも気を付けなければなりません。
そして留学先で政治運動に携わることで、中国人のコミュニティから排除されることがあります。友人や家族に迷惑がかからないように、自ら連絡を絶つケースもみられます。中国当局からの圧力で仕送りが止まったり、中国人の大家からアパートを追い出されたケースもありました。こういった留学生たちは孤独と精神的ストレスに悩まされ、トラウマやうつ病になる場合もあります。
私の知人の大学教員からの話などによると、その大学では留学生の監視役がいると聞きました。日本国においては、外国人を含めたすべての人にたいして、学問の自由、言論の自由、集会の自由が保障されています。中国の将来を憂いて活動している、勇気ある留学生の状況をどうか理解してあげてください。
最後に、この講演会は、まさに中国当局にとっては好ましくないイベントです。今日、監視されるリスクを冒しながらも、勇気をもって来てくださっている中国人留学生に敬意を示したいと思います。
注:2024年7月21日、東京大学にて「学校はだれのもの―中国の教育政策を考える」のセミナーで講演内容であった。